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質問86:  離婚に関する『奇跡講座』の見解は?

facim q&a

別のQ&Aで、先生は次のように述べておられます:


「現在の関係がもはや自我の目的に役立っていないと察知しはじめると、自我は、その関係から身を引いて、他の誰かを探すようにと、あなたに助言します。つまり、平安の中に居続けて、心の中を見ることを始めないように、それ以外の何かを勧めるのです」。

 

私の妻と私は、妻の浪費癖が原因でたびたびカウンセリングを受けてきたのですが、現在は、離婚の手続きをしているところです。私は、この結婚を救うために自分にできることはすべてやったと感じていて、もはや、こうした自己欺瞞とともに生きることはできないところまできています。彼女に対して、怒りや咎めや裁きといった気持はありません。自我ではなく聖霊が、この関わりを手放すようにと導いていると感じています。

 

離婚ということについて、何かコメントをいただけますか?

 

 

回答

 

対人関係における他のすべての側面についてと同じく、離婚も、<間違った心>による場合と、<正しい心>による場合の両方があり得ます。ですから、離婚自体が本質的に善であったり悪であったり、間違っていたり正しかったりするわけではありません。そうしたことは全面的に心の中の内容によって決まるのです。

 

あなたがその問題を解決するために努力を注いでこられたということや、奥様に対して怒りや咎めや裁きといったものを感じておられないという事実から察すると、その関係を形の上で終わらせるというあなたの決断は、おそらく<正しい心>によるものだと思われます。

 

あなたの引用しておられるQ&Aで私たちが述べた事柄は、完全に異なる状況下のものでした。つまり、外的な葛藤が減少したことにより、それまではそれらが覆い隠していた内面的な葛藤に気づきはじめ、それらに向き合うことへの恐れが、一気に高まる、という状況について述べたものです。あのQ&Aの中で『奇跡講座』から引用した箇所はすべて、そうした側面に関するものです。

 

ですから、もしあなたが、その関係を手放すようにと聖霊に導かれていると感じているのであれば、それに従うことが賢明だろうと思います。何か学ぶべきレッスンが残っている場合には、それが何であれ、あなたの人生における他のいろいろな関係の中で浮かび上がってくるはずです。

 

「関係」というものは、いつもお話しているように、心の中に存在するものです。そして、それらは、最終的には、自分と、自我か聖霊かのどちらか一方との関係です。すなわち、それは常に、内容の問題であり、形態の問題ではありません。

 

したがって、離婚の前でも、最中でも、その後でも、私たちは依然として、自分の利害が相手の利害と同一だと知覚する練習をすることができます。それは、その関係の形態とは無関係なことだからです。

 

私たちが関わる様々な関係の形態は、<教室>を形成するものです。その<教室>の中で、私たちは自我に導いてもらうか、聖霊に導いてもらうかを選択します。前者を選択するなら、分離と、競合する利害について学ぶカリキュラムに従うことになり、後者を選択するなら、共有されてひとつになった利害についてのカリキュラムに従い、ついには私たちの共有されたアイデンティティーを見る心眼{ヴィジョン}へと至ることになります。

 

 
 
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*以下は、関連テーマを論じている別の質問 (FACIM Q&A #639) からの抜粋の翻訳です:

このコースは、あなたがそこに留まることで耐えられないような苦痛を感じているにもかかわらず、赦しの目的のために「それをどこまでも我慢し続けること」を奨励したりはしません。どんなレッスンであれまだ学ばれていないレッスンは、他の関係の中でも学ぶことができます。私たちには、赦しを学ぶ機会が一度しかないわけではありません。何よりもまず、このコースは柔和な道であり、私たちの教師としてのイエスは、とりわけ辛抱強いのです。彼は、時間は実在せず、最終的には私たちは一度も起こらなかったものを取り消しているだけだ、ということを知っているからです。

  
 

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