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質問150:  知覚についての理解と実践

facim q&a

私は先日、やっと、「自分の行動は周囲の世界の出来事によって決まるのではなく、自分の知覚によって決まる」という、決定的に重要な概念を理解することができました。『奇跡講座』の中で何百回も繰り返されているというのに、このことについてピンとくるまでに、9年もかかってしまったのです。

ところが今では、私は何をすればいいのかがわからなくなって、行き詰ってしまったと感じています! 私の知覚が私を行動に駆り立てているというのなら、私はどうやって自分の知覚を変えればいいのですか? あるいは、そもそも、私が自分の知覚を変える必要があるのでしょうか? もしかすると、これが「私は何をする必要もない」(T-18.VII.) ということの意味でしょうか? 

私はこの重要な概念を理解できるようになったことはすごく嬉しいのですが、同時に、これについてどうすればいいのか、この理解を自分の生活にどう当て嵌めればいいのかがわからなくて、落ち込んでいます!


 
回答

落ち込まないでください! こういうときのために、「ワークブック」が与えられているのです。その「序文」には、以下のように書かれています。



「 ワークブック」は大きく分けて二部で構成され、第一部は、今のあなたの見方からの脱却を、第二部は、真の知覚の習得を、それぞれ主眼としている。」(W.in.3:1)



ですから、「ワークブック」第一部のレッスンの練習からの学びを普遍化していくことによって、私たちは自我の知覚への献身を弱めていきます。これを別な言葉で言えば、私たちが自分の心の中で、愛の自然な流れを邪魔するのをやめる、ということです。

この訓練が、少しずつ、私たちが「自分は〈決断するる心〉であり、常に、自我の思考体系か聖霊の思考体系かのどちらかを知覚する選択をしている」という経験をするのを助けてくれます。私たちはまず、例えば、〈分離〉が知覚されるような状況のありとあらゆる形態を認識できるようになることを学び、その上で、「自分がそのように知覚しているのは、自分でそのように知覚したいからだ」と認めることを学ぶのです。

そこが、私たちが経験的に到達すべき地点です。なぜなら、そこにおいて、私たちは、「自分はそのように知覚し続けたいのか、あるいは、心の中のもう一つの選択肢を選択したいのか」と自問することができる立場にいることになるからです。その「もう一つの選択肢」とは聖霊の知覚であり、その知覚が私たちに見せてくれるのが、「自分も他者も同じ利害を共有している」ということなのです。

もし私たちが自分に〈心〉があることを知らないなら、そして、自分の経験(形態レベルの経験ではなく、心の内容としての経験)を選択する力があるということを知らないなら、私たちは自分自身と他者に対して、主として「自分ではコントロールできない出来事の被害者」として関わり続けることになります。したがって、このコースの訓練というのは、私たちが〈心を忘れた状態〉から〈心を自覚している状態〉へと移行するのを助けることを目指していると言えます。

ですから、要するに、私たちは自分で知覚を変えなくていいのです。私たちがすべきことは、自分が何を選択しているかを直視して、「それを続けたいかどうか」と自問することです。そして、もし続けたくないのであれば、自我に対して「ノー」と言うだけです。そうすれば、〈正しい心〉の知覚が自動的に、自我と入れ替わります。もともと〈正しい知覚〉は常にそこに在ったのですが、ただ私たちが自分でそれを拒否していて、自分の(すなわち自我の)知覚で代用していただけだったからです。
                                                                                          

このことがピンとくるまでにこんなに長い時間がかかったという理由で、あなたが自分自身を責めるのは、馬鹿げたことです。そのような考えは明らかに自我からのものです。あなたは9年というのは長い歳月だと思い込んでいますが、それは誰の基準でそういうことになるのでしょうか? あなたは自分自身の〈贖罪の道〉の全貌について自覚していません。(もちろん、他の誰についてでも同じことが言えます。)ですから、「9年かかった」ということが何を意味するのかを、あなたが知ることなど、どうしてできるでしょう? ですから、あなたの霊的な成長プロセスの進歩の度合いを見極めるために、時間と空間の世界に定着している基準を使うことには、慎重になってください。

あなたが学んでいるのは、「自分はこの世界と肉体によって定義されているのではない」ということ、そして、「世界と肉体は、真理についての知覚を遮断するために作られた」ということです。そういうわけですから、そうした基準を完全に超越しているものについて教えてもらうために、あなたがそれらの基準に頼る必要があるでしょうか? そんなことをするよりも、真理の知覚を覆い隠すベールを払い退けるのに十分なだけあなたの恐れが弱まってきたということに、感謝してください。そしてこれからは、このプロセス自体をもっと信頼して進んでいってください。



あなたに求められているのは、ただ真理のために場所を開けることだけである。あなたには、自分の理解を超えているものごとを作り出したり、行ったりすることは求められていない。求められているのは、それを中に入らせることである。それは、ただ、自ずと起こることに干渉するのをやめることであり、単に、自分で捨て去ったと思っていたものの存在を再び認識することである。 (T-21.II.7:6-8)

 

[2025年5月31日]   

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