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質問8:「聖霊の声を聞く」ということについて

facim q&a

 聖霊の「声」を探し求める際に、その声を聞きやすくしてくれる特定の方法、または練習といったものはあるのでしょうか。『奇跡講座』は、その声を聞ける人などほとんどいないと言っているように思えますし、そういうことなら〈赦し〉の練習ができなくなるように思えるのですが。

 

回答

聖霊の声を聞くのに最大の障害となるものは、「自我の金切り声」です。『奇跡講座』は、聖霊は「静かなる細き声」(T-21.V.1:6)であると私たちに教えています。

私たちは、この声(もともといつも私たちと共にある声)を探し求めるというよりも、自分の心の中で、聖霊の声をかき消してしまう叫び声を上げさせている想念に注意を払うことにより、〈赦し〉の練習をすることができます。分離や裁きや攻撃の想念について、その正体を見抜くことができます。すなわち、そうした想念の正体とは、たとえば、自分の自我としてのアイデンティティーを防衛しようとする試みであったり、自分が正しくて神は間違っているとか、罪悪感は正当化されるなどといったことを証明しようとする試みであったりするわけですが、それを見抜く、ということです。

こうした想念を認識すること、そして、まさに聖霊の声を聞かないようにするためにこそそうした想念を選択してしまったという責任を受け入れること、それが〈赦し〉の練習であると同時に、聖霊の声を聞く練習の始まりです。そのあとで初めて、もし私たちが聖霊の声を聞きたいと望むのなら、そのように選択する機会が得られます。

聖霊の声とは、現実には声ではなく、たいてい、何らかの状況や人物や事柄について自分がいま見ている見方は間違っているという認識や、それらを違った見方で見ようとする意欲などです。ですからその瞬間には、その認識や、その意欲や、違った見方で見ることが、聖霊の声にほかなりません。誰もが、このようにして聖霊の声を聞くように、と呼びかけられているのです。

聖霊の声を現実に声として聞く人はほとんどいないでしょうし、そのようなことは〈赦し〉の練習をする上で必要ないのです。

 

[2009年9月3日]

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