質問4:『奇跡講座』のユニークさについて
『奇跡講座』が他のすべての霊的学びの道とはどんな風に違っているのか、それはなぜなのかを説明していただけますか?私はこれまでに、他にも一元論的な教えをいくつか学んだことがありますが、必ずこの『奇跡講座』に戻ってきてしまうようです。
回答
まず初めに、一元論という言葉を用いることで私たちが意味していることを確認しましょう。それはつまり、『奇跡講座』はただ一つの次元、すなわち、霊およびその完璧な一体性の状態、すなわち『奇跡講座』が智識と呼んでいる領域だけを唯一の実相の次元であると認識するということです。その他のすべて ー 分離と知覚、形態と物質、思考と概念、といった二元的な世界 ー は幻想であり、真に存在していないということです。
こうした一元論は、ヒンドゥー教および仏教の高度な教義の中にも見出されますが、西洋においてはほとんど見当たりません。『奇跡講座』を、古代から現代に至るまでの霊性の道の中でも独特なものにしているのは何かと言えば、この一元的形而上学と、主にフロイト及びその学派の人々による洞察を土台とした高度な心理学とを統合させている、という点です。これが何を意味するかと言えば、要するに、『奇跡講座』は、この世界は幻想であり夢にほかならないと教えていると同時に、神の心の外側においては、私たちが日常的にこの世界で体験することにしっかりと注意を払いつつ、毎日の〈赦し〉のレッスンに励むことを強く勧めている、ということです。
こうした統合の鍵となっているのは、『奇跡講座』が目的というものに重点を置いているという点であり、この考え方の導入により、その他の霊性の道とは違ったものになっています。『奇跡講座』は、この世界は幻想であるというだけでなく、それは「目的」をもった幻想であると教えます。そしてその目的とは、私たちを毎日悩ませ、傾注と解決をやかましく要求する無数の物理的および心理的な問題を解くことにすべての関心が集まるような、肉体からなる世界を作り出すことです。それによって、私たちの問題の真の源である心は自覚されないままに保たれるというわけです。
更には、『奇跡講座』は、闇を超えて光の方へと移動する方法として、私たちが自我 ー 闇の側面 ー を正視することを主張しており、この点でも独特であると言えます。したがって、『奇跡講座』は真理の上に焦点を置くのでなく、私たちの自我による罪悪感、恐れ、攻撃の思考体系を取り除くことに焦点を置きます。それにより、真理の光が輝くことができるようになるからです。イエスがそれについて述べた代表的な一節があります。
あなたの為すべきことは、愛を探し求めることではなく、ただ自分自身の中に築き上げてきた愛を阻む障壁のすべてを探して、見つけ出すことだけである。真実を探し出す必要はないが、虚偽を探し出すことは確実に必要である。(T-16.IV.6:1-2)
[2009年7月24日]