DO NOT MISS OUT! AMAZING THINGS ARE COMING!

質問22: この世界に対する愛着について

facim q&a

「私たちが真理に目覚めても、その時、パッとここから居なくなったり、消えてしまったりすることはない」と、先生が話しておられるのを、私はこれまで何度も聞いたことがあります。それでも私は、イエスと共に天国の故郷に帰るということを真剣に考えるたびに、自分が「ここ」でまだやり終えていない仕事のことを思って、それが私を引き止めます。

それからまた私は、先生の講義によく出てくる次のような言葉を思い出します。「どんなことであれ、ここで為される必要のあることはすべて為されるだろう。その時、私の肉体は最も役に立つやりかたで導かれるからである。けれども、そうしたことは、もはや私が気にかける事柄ではなくなっているだろう」と。

実際のところ、もしそれが私が気にかけていることだったとしたら、そこには私の自我が関わっている、ということですよね?

このことと、菩薩の例などは、矛盾しないのでしょうか?菩薩は、肉体を維持し、彼らがこの世界に来た目的である助力的な仕事をするために、愛する人であれチョコレートであれ、この世界の中の何かに対して愛着を持ち続けることを選択する、とのことです。これは、『奇跡講座』の観点からすれば、自分の為すことに思い入れがあってこだわっているということになりますよね?


回答


あなたの質問を私なりに要約してみると、こういうことでしょうか。あなたは、自分がここに居ると信じていて、故郷に帰りたいと望んでいるけれども、未だその選択を下してはいない。それは、自分がここでやるべきことをやり終えていないと感じているからである、ということですね?

その心の状態は、癒された心の状態とは、はっきりと違っています。癒された心は、自分は真実にはここに居なくて、唯一、聖霊の愛を伝える道具となっているのだということを知っています。

換言すれば、出発点がまったく違っているのです。癒された心は、いわば、すでに「去っている」のであり、依然として旅の途上にあって、イエスとともに故郷に帰るという選択について考慮中の心とは完全に異なったあり方で「ここ」に居るということです。

癒された心は、あらゆる肉体的なアイデンティティーを超越していますし、一元的な愛と完全に一体感をもっています。したがって、幻想の中に存在するには、そこに留まるのを助ける何らかの焦点が必要です。それは、まったく何であってもかまいません。チョコレートを愛することでも、ある野球チームを応援することでも、何でもいいのです。

しかし、そこには、故郷に帰ることを厭う気持ちや抗う気持ちはまったくありません。癒された心は、自分がすでに故郷のわが家に居ることを知っているからです。達成すべきことは何もなく、旅は存在していません。

あなたが述べておられるのは、こうした心の状態とは、内容において全く異なることだと思います。どちらも、形においては、ここで自分が為すべきことを未だ為し終えていない、という体験をするのかもしれません。しかし、依然として、旅の途上にあり、自らの肉体的なアイデンティティーに対する執着を減少させる方法を学んでいる者たちは、自分が馴染んでいる唯一のアイデンティティーを完全に手放すことに対して、途方もない恐れを抱くはずです。

これは、長い年月をかけて、緩やかに進んでいくプロセスなのです。そしてその間、全力をあげて自分の間違った心の内容をイエスとともに恐れを持たずに直視しようという姿勢が求められます。

間違った心は、天国の故郷を去って二度と戻らないという、ほとんど変更不可能なほどに反抗的な選択に立脚して存在しているからです。

イエスは、次のような胸に響く言葉を用いて私たちを安心させようとしています:

「私はあなたを一つの新しい種類の体験へと導いている。それは、あなたが徐々にその体験を否定したいとは思わなくなっていくような体験である。」(T-11.VI.3:6) 

 

これは一つのプロセスであり、そのプロセスの最終段階での選択は、何の努力もなく下されることでしょう。実際、その時には、愛の引力があまりに強いので、それは選択であるとさえ見なされないことでしょう。そこにはもはや、「パッと消えてしまうこと」を懸念する気持ちはありません!

 

All The Tools You Need To Build A Successful Online Business

Lorem ipsum dolor sit amet, metus at rhoncus dapibus, habitasse vitae cubilia odio sed. Mauris pellentesque eget lorem malesuada wisi nec, nullam mus. Mauris vel mauris. Orci fusce ipsum faucibus scelerisque.