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質問16: 輪廻転生についての質問

facim q&a

『奇跡講座』は、輪廻転生について語っているところがあるように思えます。もし私達が真に死ぬことはなく、ただ「この肉体を横たえる」だけだとすれば、私達は別の肉体へと戻ってくるということなのでしょうか、それとも別のレベルにおいて私達のレッスンを続けるということなのでしょうか?

 


回答


確かに、イエスは『奇跡講座』の中で、輪廻転生に言及しているように見えるところがありますね。しかし、イエスが言っていることを理解するためにも、あなたの質問に答えるためにも、私たちが覚えておかなくてはならないことがあります。それは、このコースの中で、イエスは常に心のレベルにおいて私たちに語っているということです。心のレベルだけが、真の学びが学ばれる唯一のレベルなのです。さらに言えば、イエスは、私たちの心の中の、自我か聖霊か、憎悪か愛か、死かかの二者択一の選択を下す主体となる部分に向かって語りかけています。

 

しかし理解とは心に属し、そして心だけに属するものであることを思い出しなさい。 (T-15.VI.7:5)

 

『奇跡講座』の中でイエスは、この「人生」は一つの夢であること、この世界は幻想であり、肉体はもともと生きてはいないので死ぬこともないということ(T-19.IV.C.i.5:2-5)そしてまた、私たちの時間についての体験も、単にその幻想の一部にすぎないといったことを教えています。私たちの夢は、常に自分の選択を反映しており、唯一それだけを反映しています。すなわち私たちが、「自らの分離を信じる信念と罪悪感とを強化する」という自我の目的を選んだのか、それとも、「赦して、分離の信念を取り消す」という聖霊の目的を選んだのかを、反映するということです。したがって、夢が呈する形態はまったく問題ではありません。その形態が変化したときでも、その学び、すなわちこの二者択一は、心の中で続いていきます。

 

ですから、輪廻転生を示唆するように思える一節を読んでいるときには、夢の中での私たちの経験のレベルでそれを理解することができるだけではなく、まだ赦していない事柄を再訪するという概念としてそれを理解することもできます。ここで、役に立つ考え方としては、「同時に存在する」複数の夢というふうに考えてみたり、あるいはまた、どの部分にも全体が見出せるホログラムというモデルを使ってみるといったことが挙げられます。心が、いくつもの夢を、またはホログラムの複数の局面を「再び訪れる」とき、それを、いくつもの別の「生涯」を経験していると見なすことができる、ということです。

イエスは、「教師のためのマニュアル」の中で、彼のコースを学ぶのに、輪廻転生という概念を信じることは要求されない、と教えています。実際のところ、イエスは、この概念の価値は、唯一それがその人にとってどれほど「助けになるか」、つまり慰めになるかに比例すると言っています。

 

究極の意味では、輪廻転生は不可能である。過去も未来も存在しないのだから、一度であろうと、何度も繰り返してであろうと、肉体として生まれてくるという概念には何の意味もない。それならば、真の意味においては、輪廻転生は真実ではあり得ない。(M-24.1:1-3)

 

輪廻転生は、いかなる状況下においても、今、対処すべき問題とはならない。・・・しかし、救済への道は、輪廻転生を信じる者によっても信じない者によっても見出されることは確かである。したがって、この概念をこのカリキュラムに不可欠なものと見なすことはできない。現在を過去の観点から見ることには、常に何らかの危険が伴う。 生命{いのち}と肉体は同じではないという考え方を強化する考えは、いかなるものであれ、常に何らかの善を含んでいる。 (M-24.2:1,5-8)

 

私たちが、時間は直線的なものではないという事実を受け入れることができるようになったとき、輪廻転生という概念は無意味となります。しかし、自分達が分離した個人の集まりであると信じている間は、レッスンは、私たちが受け入れ、理解することのできる何らかの形で続いていきます。つまり、私たちの実相は霊であるということ、そして、私たちはこれまでも常に「神の内なるわが家にいながらも、流刑の身となった夢を見て」きただけだ(T-10.I.2:1)ということを、真に修得するまではレッスンは続く、ということです。そして、そのようにして〈贖罪〉を自分自身に受け入れたときには、すべての夢が終息します。

 

  [2010年3月30日]

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