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質問120: 「真の共感」とは何ですか?

facim q&a

「偽りの共感」と対比される概念としての「真の共感」とは、どのようなものなのでしょうか? どうすれば、それを実践できるのでしょうか?


 

回答

 

『奇跡講座』が述べている「真の共感」というのは、分離した神の子のすべての部分がもつ「真の必要」を知覚することです。そして、「真の必要」とは、「分離の想念がどのような形をとっていようとも、それを心の中で癒す必要」のことです。真の共感は、問題が存在するところである心の中に、問題を見ます。

 

これは、以下のような『奇跡講座』の根本的な原理の一つを適用することにほかなりません。

 

想念はその源を離れないので、その結果は想念から離れているように見えるだけである。想念は心に属するものである。外に投影されて、心の外にあるように見えるものは、決して外側にあるのではなく、内側にあるものの結果であり、その源を離れてはいない。(T-26.VII.4:7-9)

 

これはどういう意味かと言うと、問題のように見えている状況 ー 病気、あらゆる種類の欠乏、情緒的・心理的な混乱、自然災害など ー の諸事情を超えたところを見るということであり、これらのどれ一つとして真の自己に対し何の影響も与えないと認識するということです。そうしたものには、平安を取り去る力はありません。そして、それらの解決は、以上のことを認識した上で、悲嘆ではなく平安を選ぶ「個々人の力」の中にあります。真の共感は、「聖霊による真の知覚で見ることにする」という、心の中で下された選択からやってきます。真の知覚は、「愛の表現か、愛を求める呼びかけか」の二つのうちのどちらかだけを見ます。(T-14.X.7) そうなったときの私たちの応答は、「困窮している」相手に向かって、聖霊の愛が、最も助けになる愛情深い形で流れていけるようにする、というものになります。

 

たいていの場合、その形は、誰かに向かって、「あなたは間違った選択をしたので選び直すべきです」と言葉で告げるということにはならないでしょう。それでは攻撃となり、恐れや不安を増大させることになりかねません。いったん、聖霊と共に見ることを選び、自我による状況解釈を信じないという選択をしたなら、具体的な応答は自然に起こります。

 

目指すべきことは、問題への答えが存在している心のレベルで、相手とつながろうとすることです。これは、「具体的な解決法や問題解決のための外的な助けを見つけるのを手伝う」といったことを除外するものではありませんが、少なくとも心の中では「聖霊による真の知覚」が明確になっている、ということです。真の原因と真の解決は、「選択することのできる心の力」の中にあります。

 

「偽りの共感」とは、自我による「被害者と加害者を見るという知覚」のことです。自我は、病気、他者、大惨事などといった外界の何らかの勢力により攻撃されている被害者を見て、その人は、その問題に対する外的な解決を必要としていると信じます。偽りの共感は、人々が「心の中の選択」には気づかないままで、自分のことを、「被害者が苦境を解決するための助けを提供することができる救助者」と見なす動機となることがあります。このような観点から、二人の者が、「被害者と加害者が存在していて、心の外に解決を見出すことができる」ということに合意します。それは、狂気から生じた合意です。『奇跡講座』が明確に述べていることは、「偽りの共感は心の力を否定するので、実際には攻撃にほかならない」ということです。それは問題を解決しないだけでなく、分離を強化するので、実際のところ問題を悪化させる方向に働くのです。

 

自我が用いる共感が破壊的だという最も明らかな証拠は、それが適用される対象が特定の者たちの中の特定の種類の問題に限られるという事実にある。そうした対象を自我は選び出し、それとつながる。そして自分を強めるためでなければ、決してつながることはしない。 (T-16.I.2:1-3)

 

「偽りの共感」であることをはっきりと示す徴候は、支援や助けを受けるに値する者たちが選別され、他の者たちは除外されているという点です。特に、除外された者たちが「加害者」とされて、同情に値しないだけでなく、何らかの種類の処罰を受けるべき者とされているときには、明らかに「偽りの共感」に該当します。たとえば自然災害が起こったときなどに、自分が被害者と加害者を区別して見ていると気づいたら、それは、自我による最初の解釈から一歩退いて、『奇跡講座』が教えている次のことについてよく考えてみる良い機会です。

 

共感するということが何を意味するのか、あなたは知らない。だが、次のことについては確信してよい。あなたがただじっと静観し、聖霊があなたを通して関わるに任せるなら、あなたは強さに共感することになり、弱さではなく強さを増すことになる。
(T-16.I.2:6-7)

 

私たちが行う「真の共感」の実践は、自らの「偽りの共感」を認識すること、および、「原因と結果についての私たちのいつもの混乱」を認識することから始まります。こうしたことを認識していないからこそ、私たちには「共感する」ということが何を意味するかがわかっていないのです。私たちが自分の間違った知覚について正直になったなら、「どれほど自分が自我の思考体系を信じているか」の全容が、自然に露見され始めます。この認識に加えて、自我による解釈の信憑性を疑うことにより、私たちの知覚は徐々に変化していき、私たちの応答が聖霊により変容させられることが可能になります。聖霊の真の共感は、そのとき、「心を癒す」という私たちおよびすべての人々の真の必要を満たしてくれることでしょう。これが、真の問題に対する真の答えなのです。

 

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