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質問77: 「延長」とは、どういう意味ですか?

facim q&a

私は、『奇跡講座』の中の「延長する」という動詞が厳密に何を意味しているのか、理解に苦しんでいます。

『奇跡講座のための用語解説集』や「テキスト」第七章の「神の国の法則」などから、この世界の心の法則は神の国の心の法則とは違っているということは、わかりました。つまり、この世界の心は投影して知覚し、それ以上のことはできないのに対し、霊の心はただ延長するのみだということです。私は英語圏の出身ではありませんので、非常に重要な基礎となる概念と思えるこの点について、理解するのに苦労しています。助けていただけるとありがたいです。

 

回答

 

すでに『用語解説集』をご覧になって気づいておられるかもしれませんが、『奇跡講座』に出てくる「延長する」や「延長」という言葉には、二つのレベルの意味があります。

 

〔智識のレベル〕

智識のレベル — 天国/神の国の一体性と全性のレベル — においては、「延長」は「創造」の同義語です。(T-11.I.3:4-5; T-14.V.3:4 など) そしてこのコースによれば、それが、私たちの唯一の実相のレベルです。

 

けれども、「延長」と「創造」という言葉の意味は、どちらも、私たちの有限な心が理解することのできるものではありません。どちらの言葉も、心/霊による完全に抽象的なプロセスについて言及しており、それは、時間や空間や肉体とは、まったく関連性のないものだからです。時間も空間も肉体もすべて、偽りの自我の心が作り出した物理的な世界に属する、実在しない次元です。

 

天国においては、私たちは神の延長すなわち被造物であり、神と同じように私たちも延長すなわち創造することができます。しかし、こうした説明さえも、文字通りに受け取ることはできません。というのも、そのような説明は、「私たちと神が分離していて、神は何らかのやり方で私たちを、ご自身とは別の一個の実体として存在させた」と示唆するからです。

 

私たちの一元的な実相は一なるものであり、統一された完全無欠で永遠なるものです。それゆえ、その実相の延長が、私たちの有限な心に理解できるような形で何かをそれに付け加えたり、それを増大させたりすることはあり得ないのです。(W-pI.105.4:2-5) ですから、このレベルにおける「延長」の意味については、これ以上述べてもあまり助けになりません。

 

〔知覚のレベル〕

『奇跡講座』における「延長」のもう一つの意味は、知覚のレベル、すなわち、幻想にすぎない二元的で分裂した心のレベルに関するものです。その意味は依然としていくぶん抽象的ですが、智識や天国といった完全に抽象的なレベルのものよりは、もう少し理解しやすくなります。

 

時間や空間や個別の肉体たちからなる世界における私たちの経験は、このレベルにおけるすべての想念を支配している心の法則に基づいています。それは避けることのできない精神力動であり、それが、自分の心の「内容」(つまり実在すると見なすことを自ら選んだもの)を、自分の外側に知覚させるように私たちを導いているのです。そして、分裂した心の内側で選べる内容としては、自我の罪悪か、さもなければ聖霊の〈赦し〉という二つしかありません。私たちは、何であれ自分の内側で選択した内容を、自分の外側に見るのです。もし私たちが自分の想念の導き手として聖霊を選んでいたなら、そのプロセスを、『奇跡講座』は「延長」と呼びます。もし自我が私たちの導き手であれば、そのプロセスは投影と呼ばれます。

 

自我は、投影という精神力動を用いて、罪悪を私たちの心の外に置き、そうして私たちの心の中にあるその罪悪の起源を否認しようとします。換言すれば、自我は、私たちの外側の罪悪を、ありのままに「心の中にある同じ罪悪の延長」と見ることはせず、文字通り心の外に投げ出してしまえると、私たちに信じさせたいのです。そうすることで罪悪は私たちから離れたものとなり、それにより、私たちが分離の想念によって失ってしまったと信じていた無垢性を取り戻せることになると、思わせておきたいのです。この防衛が功を奏するには、私たちが自分の心の中から罪悪を投影したということを忘れなくてはなりません。けれどももちろん、心はそのように働くわけではありません。否認したところで、心が実際に源であり、「想念はその源を離れない」という事実を変えることにはならないからです。(T-26.VII.4:7-9)

 

それとは対照的に、聖霊がゴールとしているのは、「外側に知覚されるものは、自分が心の中で選択した内容と一致している」ということを認識するよう私たちに教えることです。それにより、私たちは、自分の分裂した心が癒されるときまで、何を延長または投影するかについてよく理解した上で選択をする、ということができるようになります。自我は、必死になってこの精神力動を私たちから隠そうとします。なぜなら、投影が成功するかどうかは、私たちは自分自身の想念のみを投影または延長する(W-pI.30.2)ということを、私たちが認識できないようにしておくことにかかっているからです。そして自我のこの戦略は、多くの場合、かなりの成功をおさめています。というのも、私たちの怒りや裁きが、「外の世界は本当に自分からは独立したものだ」という私たちの信念を反映しているからです。

 

それゆえに、聖霊は、延長の結果としての内側と外側の継続性について、私たちの自覚を強化しようとします。一方で自我は常に、私たちの心の中にある源を否認しようとしますし、私たちが自分の外側に見るもの — 罪悪 — は、私たちから分離・独立して存在していると、断言しようとします。『奇跡講座』の目的は、「自らが何を延長または投影するかの選択は、自分だけのものだということ」、そして「それぞれの選択がそれぞれに見合った影響を自分の心の平安にもたらす」ということを、私たちが理解できるよう助けることにあります。

 

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